長い冬に終わりを告げ、春の彼岸入りとともに、ことしも獅子舞が街にやって
きます。
三体の獅子が笛と太鼓の音色に合わせ、古式ゆかしい舞をみせながら市内を練
り歩きます。豊作と家内安全を祈り、春の訪れを喜び合う会津の伝統行事です。
ことしは市内7ヶ所で公演します。
じっくりと獅子舞をご覧ください。
【3月21日(水)春分の日】
◆鶴ヶ城本丸 10:00 下居合獅子団
◆七日町通り 阿弥陀寺 12:00
◆鶴ヶ城本丸 14:00 天寧獅子団
◆本町通り
ヤマヘイ駐車場内 13:00 小松獅子団
◆市役所通り
市役所本庁舎前 13:40
◆神明通り
リオンドール前 14:20
◆大町通り
会津信用金庫 駅前支店 駐車場内 15:00
◆飯盛山
旧滝沢本陣前 9:30 本滝沢獅子保存会
◆飯盛山商店会
(飯盛山参道) 13:00
※雨や雪の日は中止になる場合があります。鶴ヶ城については雨天時、武徳殿に
なります。
●獅子団の構成
太夫獅子1体・雌獅子1体・雄獅子1体・弊舞小僧1人・御弓持1人・棒持1
人・笛吹3人・小太鼓/計12人(獅子団によっては構成が若干変更になりま
す)
●獅子舞の曲
庭入・山おろし・単場かくし・雌獅子かくし・太夫舞・弓舞・棒舞・大桐・岡
崎・袖舞・弊舞・雌獅子舞・通り笛・三ツ笛・打込・とわり舞・のめり舞・のめ
り小杉・ばち舞など24曲。
普通は庭入・山おろしなど5曲ほどで20分〜30分ぐらい。
【観光物産協会】
http://www.aizukanko.com/festival/spring/higannjisi.htm【会津彼岸獅子の由来】
会津彼岸獅子は、天喜四年(西暦1056年)前九年の役に源義家が安倍貞任
を征討の際、士卒の戦死者を弔い、士気を鼓舞するため、従軍の兵卒に笛太鼓の
勇壮な調子に合わせて舞をさせたのが起源で、当時は木彫の獅子頭をかぶって
踊ったと言われています。
今でも木流村にある頭はその類であるが、現在のものは大体張子になりまし
た。
今から約300年(天正二年・西暦1573年)前、会津一円に悪疫が流行し
死者数知れぬ惨禍があった時に、主な社寺に獅子舞を奉納し平癒を祈願したとこ
ろ次第に終息したと言う。
折しも春彼岸であったために彼岸獅子と呼ぶようになったと伝えられていま
す。
寛永二十年(西暦1643年)に保科正之公が出羽の国「最上」(今の山形
県)から会津藩主として移封された時、獅子を先頭にして若松城に入城し、大い
に士気を鼓舞したと伝えられています。
また、戊辰の役(西暦1868年)のこと、日光口の総督「山川大蔵」が帰城
する際、小松の獅子団を先頭に大楽団を組織し、威風堂々と銃列を敷く敵中を行
進して城中に入るという話はあまりにも有名です。
posted by べこのん at 21:07| 福島

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会津若松エリア
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